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和30年5月法人格を取得し、さらに昭和39年11月21日に「社団法人・京都府トラック協会」と名称変更し、現在に至っている。(協会事務所は、昭和38年8月に府庁前から京都自動車会館、昭和56年には現在の京卜協研修センターに移っている。)■昭和30年代路線事業では東海道(大阪~東京)、山陽道、山陰道等の主要路線の長距離運送が免許になり、また区域事業も著しい飛躍を遂げ、大型化、長距離運行の時代を迎え、自家用トラックによる営業類似行為、営業車による輸送秩序の乱れで街頭検間が実施された。記念すべき『創立10周年記念式典』は、昭和33年9月に祇園会館で開催されている。■昭和40年代昭和40年代は、神武景気、岩戸景気をさらに上回る「いざなぎ景気」と謳われ、 トラック業界は近代化促進法による業種指定で、共同化、協業化を進めるため協同組合を組織し構造改善事業へと進んだ。その後昭和48年末近くの石油危機で、燃料不足、軽油価格の高騰、荷動き激減で業績低下し、戦後最大の危機に見舞われ、これから低成長経済へと移行していく。『創立20周年記念式典』は、昭和42年3月25日に京都自動車会館で式典が挙行された。当時の会員数は362社であった。■昭和50年代昭和51年には、 トラック運送の重要な役割が社会的に認識されて、「運輸事業振興助成交付金J制度が設けられたことにより、京卜協においても事業は飛躍的に発展し、幅広い活動をするとともに、56年には京卜協研修センター、翌57年には西山グラウンドを建設している。また、京卜協の記念すべき『創立30周年記念式典』が、昭和52年6月に京都自動車会館で業界を挙げて祝福し、会員数468社車両数8000余をもって、明日への新たなる決意が約されている。

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